神戸地方裁判所姫路支部 平成3年(ワ)192号 判決
原告
タカタニ株式会社
右代表者代表取締役
高谷正勝
右訴訟代理人弁護士
竹嶋健治
同
前田正次郎
同
吉田竜一
被告
東京海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役
雨宮泰彦
右訴訟代理人弁護士
針間禎男
同
中垣一二三
同
藤本裕司
同
田中登
同
加藤文郎
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は原告に対し金一九六三万一四六六円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告との間で宝石・貴金属を保険目的とした動産総合保険契約を締結していた原告が、ホテルでの毛皮・宝石展において展示していた宝石が窃盗の被害にあい保険事故が発生したとして、被告に対し保険責任にもとづき被害にあった宝石の価額相当の損害の填補を求めたものである。
一1 原告と被告とは、平成二年四月一七日、次のとおりの動産総合保険契約を締結した(当事者間に争いがない)。
(一) 保険期間 平成二年四月二日から平成三年四月二日午後四時まで
(二) 保険の目的 宝石・貴金属
(三) 担保条件 国内一円
(四) 保険価額 一億円
(五) 特約 万引その他収容場所に不法に侵入しなかった者によりなされた盗難による損害を填補する責めに任じない。ただし、その者が暴行または脅迫した場合は、この限りではない(以下「本件特約」という。)。
2 原告は、株式会社ニッセン(以下「ニッセン」という。)の主催する次の毛皮・宝石展(以下「本件展示会」という。)において、原告所有物を展示した(〈書証番号略〉、証人小林一)。
(一) 展示場所 京都京阪ホテル「桜の間」(以下、右ホテルを「本件ホテル」、右桜の間を「本件会場」という。)
(二) 展示期間 平成二年九月七日から同月一一日まで
3 本件会場において、平成二年九月九日午後一時から同日午後一時三〇分の間に、別紙動産目録記載の宝石(以下「本件宝石」という。)が窃盗の被害にあい、原告は保険の目的物である動産を失い、同目録損害額欄記載の損害を被った(以下「本件事故」という。)(〈書証番号略〉、証人小林一、北条政義)。
4 被告の保険責任は、保険の目的物が原告に引渡された時に始まり、保管場所を経て巡回場所、展示、委託販売の過程を経て終わることとされている(〈書証番号略〉)。
二争点
原告は、本件事故には本件特約は適用されないから被告には本件事故によって被った原告の損害を填補すべき責任がある旨主張するところ、被告は本件事故には本件特約が適用されるから被告には原告の被った損害を填補すべき責任はない旨主張する。
第三争点に対する判断
一証拠(〈書証番号略〉、証人小林一、同北条政義、同横田慎一)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
1(一) ニッセンは、平成二年九月七日から同月一一日まで(いずれも午前一〇時から午後八時まで)本件会場で本件展示会を開催した。右展示会には毛皮業者が二社出品し、右各会社から一〇名ほどの従業員が出ていた。宝石については原告が出品し、販売はニッセンがなした。本件会場では他にニッセンがバッグを直売りした。
なお、原告の展示場所は別紙図面(現場見取図)のとおりで、本件会場の奥の壁に面した箇所にL字型に宝石展示台(以下「本件展示台」という。)を設け、他の二面とは販売用の毛皮等を吊るしたハンガーによって仕切られたほぼ四角形(約二五平方メートル)となっており、展示台の反対側には商談用の机と椅子が置かれていた。
(二) 本件展示会には予めニッセンの京都店、四条烏丸店、烏丸店、京都南店の四店からニッセンで過去商品を購入した実績のある顧客等で予め意思確認をした希望者等五〇〇〇人に招待状を発送し、右招待状を持参した客を、入り口で招待状を確認した後に、住所、氏名を記載してもらい、リボン(招待状を送った店別になっている。)を渡して服に付けて入場してもらっていたもので(ちなみに、店員はネームプレートを付けていた。)、当日会場への飛び込み客の入場は断っていた。
(三) 本件会場にはニッセンの社員約三〇名、展示業者の社員、招待客のほか、セントラルファイナンスの従業員四、五名と弁当屋くらいが出入りしていた。
右以外の者は入り口で入場を頼まれても主催者の方で断っていたが、本件会場の入り口と会場案内ホール受付との間の通路に一般者使用のトイレがあり、そのトイレを使用する者は受付を黙って通り過ぎることができ、トイレから帰る時に入り込もうとすれば入り込めたが、開催中に主催者側においてそのような客を認めたことはなかった。
(四) 本件展示会の期間中の入場は次のとおりであった。
(1) 七日(金) 二五七人
(2) 八日(土) 三六五人
(3) 九日(日) 四五七人
(4) 一〇日(月) 四四四人
(5) 一一日(火)午後二時現在
一七〇人
2(一) 本件展示会には、原告から小林英気(常務取締役)、小林一(取締役営業本部長)、谷口滋(以下「谷口」という。)、岸蔭正人(以下「岸蔭」という。)、白井孝典(以下「白井」という。)(三名ともいずれも営業担当社員)が派遣された。
(二) 小林一らは、本件事故の前日、展示会の終了後、展示品をバッグ三個に集めて、宿泊していた本件ホテルの部屋で保管した。
(三) 本件事故当日、午前八時三〇分、ニッセンの従業員によって会場が開けられた。
小林一らは会場に展示品を持ち込み、指輪関係を小林一と小林英気が、ネックレス、パール等小物を他の三名で陳列した。毛皮等を含めた商品の陳列は午前八時三〇分から午前九時四〇分までの間になされ、午前九時四〇分から九時五〇分の間、陳列商品を五ブロックに分けて各担当者が異常の有無をチェックし、さらに担当者以外の者が陳列品に異常がないことを再度チェックするようにしており、本件事故当日も右二重のチェックがなされたが、異常はなかった。
そして、午前一〇時から当日の展示会が開催された。
(四) 本件事故当日の本件展示台の状況等は別紙図面のとおりである。
本件事故当日小林一が別紙図面(以下、各符号は別紙図面のそれを指す。)の位置で、小林英気はの位置でそれぞれ前にある展示台で指輪を担当し、岸蔭は、谷口は、白井はの位置でそれぞれ前にある展示台(平台と呼ばれていた)でネックレス等を担当した。なお、当日別紙図面の帳場と記載した箇所にはニッセンの女性従業員六名くらいがいての方向に向けて座っていた。
本件事故当日(以下、各時間は特にことわらない限り本件事故当日のそれを指す。)午後一時一五分ないし三〇分頃、小林一はで年配の女性客と約一五分くらい応対し、用件が済んだことから、へ移動して女性客二人と応対し、約一五分して商談がまとまったのであとはニッセンの営業担当者に任せてに戻った。小林英気は当初小林一がにいた時で客と応対し、小林一がへ移動した時はからの付近におり、小林一がに戻った時からへ移動していた。小林一はに戻った時展示台に差してあった高価な一品差しの宝石のケースに安価な指輪が差してあり、また一点何か抜けているのに気付き、で展示台の方を向いて客と話していた小林英気に確認したところ、同人はわからないと答えた。そして小林一が下を見ると単品で二〇個入りの陳列ケース(木製で横三〇センチメートル、縦22.5センチメートル、幅三、四センチメートル)が一〇あったのが九つに減っているのに気付き、ニッセンの社員が持ち出したのではないかと思って展示会場を見回ったがどこにもなく、さらに小林英気がニッセンの責任者に要請して見回ってもらったが、見当たらなかった。そのため、午後一時五〇分頃九条警察署に連絡し、午後二時頃警察官が来て、午後二時二〇分頃から午後四時頃まで四、五人の警察官により現場で実況見分が行われた。
なお、右事故当時、本件会場には約一三〇名の客と約数十名のニッセンの社員らの関係者がおり、また宝石展示場付近には約三〇名の客(その殆どが女性であった。)と原告の社員五名、ニッセンの社員数名がいて、相当混雑していた。
(五) 本件事故後、小林一が被害届けを出すため九条警察署に行き、同人及び小林英気が右警察で事情聴取を受けたが、その後右警察署から原告に犯人らしき人物の連絡や捜査上の報告はなく、被告の担当者が右警察署に行った時詳細は教えてもらえなかったが、警察としては本件事故を万引きとして扱っていると聞いた。
二1 右一認定にかかる本件会場の状況、入場者はニッセンから発送された招待状を持参した客に限られ、他は主催者側の関係者等であり、右以外の者が会場に入場したとは思料し難いこと、小林一らが展示していた宝石がなくなっているのに気付くまで及び気付いた後の状況等を総合すれば、本件事故は招待客等として本件会場に入って本件展示台に近づいた者が、原告及びニッセンの社員の隙をみて本件宝石を窃取したために発生したものと推認するのが相当である。
2 原告は、本件事故は計画的組織的に複数人が窃盗目的で本件会場に侵入し相互の役割分担を決めて犯行に及んだものであること、本件特約にいう万引きは収容場所に不法に侵入しなかった者の一つの例示であること、「不法に侵入」は刑法上の「故なく……侵入」と同義と理解されるところ、右刑法の解釈において故無くは主観的違法要素であって行為の外形から判断されるのではなく、純粋に行為者の主観によって判断されるから、外形的には平穏・公然と侵入した場合であっても、その行為者の主観が窃盗を目的としている場合には故なく侵入したことになるから、本件特約同様に理解されるべきであることから、本件事故には本件特約は適用されない旨主張する。しかしながら、本件事故は右原告主張にかかる計画的組織的に複数人により窃盗目的で本件会場に侵入してなされた犯行であることについてはこれを認めるに足りる的確な証拠はないこと、社会通念上万引きは出来心でなされたもののほか当初から計画的になされた場合等をも含むものと解されるうえ、保険実務においても当初から計画的組織的に複数人で行われた場合にも万引きとして取り扱ってきていること(〈書証番号略〉、証人横山慎一)、刑法とはその目的、機能等を異にする保険実務において、「不法に侵入」と刑法上の「故なく……侵入」と同義と理解されるとの原告の主張はにわかに採用し難いこと、社会通念とは異なり、主観的要素の有無によって本件特約の適否が決せられることになるとその判断を客観的にすることが著しく困難となり、本来多数の加入者との間で大量の事務を迅速に処理をすることが要請される保険実務にそぐわないことになること等を斟酌すれば、右原告の主張は採用することができない。
3 右1、2を総合すれば、本件事故は、万引きその他収容場所に不法に侵入しなかった者によりなされた盗難であるというのが相当であるから、本件特約にしたがい、被告は原告に対しその損害の填補をする責任がないというべきである。
三よって、原告の請求は理由がない。
(裁判官神吉正則)
別紙財産目録〈省略〉
別紙現場見取図〈省略〉